いじめと戦おう!〜対策と克服法〜
34.小1〜高1女子・・・クラスでのいじめ(現在、22歳)

 ご本人からのメール

〔いつごろから?〕
 小学1年〜高校1年(とてもひどかった時期)

〔いじめグループは何人?〕
 クラス全員または別のクラスの同級生

〔いじめグループはどんな人たち?〕
 誰かと一緒にいないと何もできない、自分の気持ちしか分からない

〔まわりの人たちのようす〕
 陰口、笑い飛ばすなど

〔いじめのくわしい内容〕
 ○小学校時代

 いじめは小学校1年の時から始まりました。理由は全く分かりませんでした。「帰れ」「消えろ」「あんた嫌いなんだよ」などど悪口を言われたり、持ち物を壊されたり、勝手に裏切られたりなど沢山されました。

 初めは男子とも口喧嘩していました。ですが辛いのは変わりはないので、先生や母親に何度も言っていました。ですが、全く取り合わずそれどころか先生は、いつも喧嘩をして私のところに言いに来る、いい加減にしてほしいと通知簿に書かれ、母親に見せれば喧嘩ばかりするんじゃない、相手にするなと思いっきり怒られました。

 親の言うことは絶対と思っていたので、その時から何を言われても腹が立っても無理やり自分の怒りの感情を抑えつけて、しまいには怒る他人が怖くなり何も言えなくなってしまいました。それでも辛い思いをしながらも学校は行ってましたが、ふと不登校しようかと思った時がありました。でも、もし私が学校に行かなくなったら相手は喜ぶ、間違ったことをしているのに、良い思いさせるなんて許せない。学校に行けばある意味仕返しになっているかもと、誰に言われたわけでもなく自分で気づき、学校に自分から行ってました。

 いじめで苦しみ死を選ぶ本当にかわいそうな子どもたちがいます。心痛みますが、自分では死を考えたこともない、と言うか思いつきもしませんでした。本当はその方がいいのですが、一瞬思ってしまった時がありました。しかし、もし死んだら相手が勝って私は完敗だと感じ、それからも死のことなどは考えたことはありませんでした。

 厳しい考えかもしれません。しかし、負けず嫌いな私には、その気づきが辛くても学校に行かせてくれたし、その先でも辛くても勝手に足が学校へ運んでくれるきっかけになりました。そして、そんなこと小学校の自分が考えるなんてカッコイイと内心思ってました。時には、楽しいことを考えたり、あとちょっと頑張れば終わるという風に考えていたこともあります。


○中学校時代

 中学では、小学校の持ちあがりでした。いじめは変わらず続き、心はめちゃめちゃになってました。全く生気がなかったとも言えたのかも知れないほどでした。魂だけ抜けだして誰かに依りついたみたいな感じがありました。どうやって乗り切ってきたのかは、ちょっと覚えてません。ただ、小学校のときの負けたくないという思いが、自然に学校に行かせてくれていたようです。

 友達だと信じていた子に、一緒に帰っても別の友達がいると途中で逃げて先に帰られたりなど、嫌がらせを受けてきました。その度に文句を言ってましたが、悪気がなかったと笑うばかり。また、各教科の仕事があり、一緒にやっても仕事せず、先生にも叱られていました。が、私ばかりやっているんだから、任せてもいいだろうと思い、任せると、その子は帰って母親に泣きつきました。親が学校に文句の電話をいれ、先生に私が注意されてしまったこともありました。もう、誰にも信用されないんだな間違ったことしてなくてもと思いました。私が助けを求めても味方はしないくせに、他人の味方ばかりする周りの人間が大嫌いになりました。


○高校時代(一年)

 私は校則のとても厳しい女子高校を選びました。環境が変われば少しは違うかもと思いましたが、考えが甘すぎました。一年では、上記のような悪口に加え、「クラスの子はかわいい子ばかりなのに一人だけブスがいる」と睨みつけてきたり、わざと体当たりしてきたりなどされました。言い返しはできませんでした。心が堅く閉ざされてしまってもいました。

 が、初めて友達と言える子が出来ました。なにかあるたびに、友達に愚痴を言ってはうるさいと言われていましたが、その子も実は心の中で分かってくれていました。そういう友達を持てたりまた、友達の悩みを聞いたりして関係を深め、仲良くすることで発散していました。

 それから、自分がされて嫌なことは、自分だったらどうしてほしいかを考え人にして、自己満足になっているようでしたが、それでいいことできたと嬉しくなりすっきりすることもありました。


○今までをふり返って

 いじめを受けてきて、今までの人生泣いて落ち込んで傷ついて、いいことなんか何処にあるんだという暗い人生を送ってきてしまいました。今でも時々思い出しては、辛い思いをして引きずっています。いじめる人は、実は心が弱くて自分の苦しみやストレスをいじめとして他人に頼って甘えないと発散できないんだと最近思っています。

 このいじめは、私にあることを考えるきっかけになりました。それは、人としての生き方です。私は、本当は人は他人に親切にして、相手から感謝される。それも表向きの親切・感謝ではなく心からのもの。そしてお互いのその気持を心で受け止め、その喜びが心に力を与え、生きる糧にして生きていくことが本当の人の生き方のように感じます。何よりも重要なのが心だと思います。

 これは、私が幼少のころ見たテレビ番組からも学んだことです。他人を憎み悪口を言う、そんな環境では人は元気に生きられないし、心も萎えて当たり前。そこで私は、心からの優しさを持って誰にでも親切に出来る心、辛くても負けない強い心を持ち合わせた人になればいいと考えました。自分の本当の姿は、誰にでも心からの変わらない優しさで接し、困っている人を助けてあげることで、それを生きがいにする人だと気付きました。気付いたからには、絶対に今の自分のままでは一生終われない、必ずなると決めています。

 そして、今大学で幼児教育の勉強をしています。子どもが好きなだけでなく、自分は誰かに頼られたいんだと気付いたので選んだ道です。自分を変えることも、選んだ道をやり遂げるのも、楽な道ではないので挫折も多いですが…。人を傷つけることを嫌い、人に親切にできる喜びを知って、手を差し伸べてあげられる優しい子どもに育てられる教師になるのが夢です。頑張ろうと思います。教師になり、そういう子どもたちを育て増やして、少しずついじめをなくしていくことが、私の生まれてきた使命だと思っています。




いくつか質問させていただきました。ありがとうございました。

Q1.小学、中学のときは、友だちはいましたか。

 友達はいましたよ。ですが友達のふりをしてた子と、本当の友達の2種類いました。殆ど友達のふりして付き合ってた子のほうが多かったです(私は友達だと心から信頼していたのですが)。本当の友達と言えるのは、今考えると2人です。


Q2.「学校に行かなかったら、いじめっ子たちの勝ちだ。彼らは喜ぶ。そうはさせない」と、奮起して通われましたね。教室で、まさにいじめられている時も、そう思って耐えたんでしょうか。

 学校に居るときは怖くて内心震えてました。いじめられたら傷つくやら笑われて恥ずかしく思う反面、怒らないように、泣かないようにと無理して強がって気にしない振りをしていました。なので、そのように考える余裕が頭にはなかったんです。とにかく11日学校生活を乗りきることだけ頭にありました。上記の考え方は、家に帰ってまた明日も行くのかという行きずらさを少しでも和らげ、次の日なんとしてでも行けるように自分に言い聞かせていました。その考えが功を奏し、小学校はいじめで休んだのは一回、後の学校生活をいじめで休んだことはないです。


Q3.何か趣味はありましたか。いじめのことを忘れられるような楽しみはありましたか。

 これは小学校〜高校の時、と捉えて良いのでしょうか?趣味は、小学校は、ジグソーパズル、読書(物語)、中・高は歌、音楽鑑賞、ビーズでストラップを作る、です。今はそれに加え、好きな曲を聞いてピアノで音を探し両手で弾けるようにすることです。


Q4.小学のとき、「楽しいことや、あとちょっと頑張れば終わる」と考えたりして耐えたとのことですが、楽しいこととはどんなことですか。「あとちょっと頑張れば」と考えられるようになったのは、6年の何月ごろですか。

 楽しいことは、夏休み近くでは、どこか旅行に行くこと、普段は欲しいもの買えるとか約束があれば友達と遊べることを考えてました。あとちょっと頑張ればというのは6年ではなくて、学校の授業のことなんです。言葉が足りませんでしたね、すみません。あと一つ授業受ければ帰りの会があって、掃除があってすぐに帰れると考えていました。授業中は、授業に集中して周りに意識が行かないようにしていました。


Q5.一番辛かったのは、中学のときのようですね。どうやって乗り切ってきたのか覚えていないとのことですが、何か少しでも嬉しかった思い出などがあったら教えてください。

 ありました。この思い出は大切にしたいです。それは、中学3年の時ですが、英作文コンクールって言うのがあり、英語担当の先生が出てみたい人は相談においでと言われ出てみたんです。出場は私入れて女の子2人、男の子一人の計3人でした。英作文は先生が見てくれ読む練習では、発音が上手と2人が言ってくれました。本番は大ホールでやり、審査員は外人の方でした。それでも平気で上手くやり遂げられました。目立つ事が大好きな私にとってはとても楽しかったですよ。


Q6.高校時代、友だちができて、とても助かりましたね。「友だちってこういうものか。ありがたいなあ」と、身にしみましたか。

 はい、感謝してます。いつも仲良く素の自分を出せる友達です。喧嘩しても時間が経てばお互い謝って関係も修復出来るんです。素晴らしいことですよね。当たり前なのにそれが出来なくて、気が済むまで相手を責めて裏切る人間ばかり関わって来ましたから、その点では本当に嬉しさで一杯でしたね。こういう関係の友達を心が繋がった友達と言えると思ってます。他の子にはあまりいないでしょうが、私には5人もいて、今でもメールしたり都合が合えば遊んだりしてます。


Q7.高校のとき、自分だったらどうしてほしいかを考えて、それを人にするようにしたとのことですが、たとえばどういうことをしましたか。

 これは高3になってからの話ですが、例えば昼食の時食べながら友達と話をしているのですが、途中で私だけ話についていけないテレビアニメの話題を友達が話すんです。アニメあまり見なくてよくわからないんです。私入れて四人なんですが、三人とも話にのめりこんで私のことすっかり忘れちゃってるんです。話題ふって仲間に入れる配慮しないの?と思いました。

 母親にも相談し、自分から話に入ると良いと言うのでやってみましたが、話がわからない者はちょっと返事するくらいか相手にされませんでしたね。すごく寂しいことです。だから私も逆の立場だった時、話していて話に入れていなかったら、話の内容の説明をしたりなどして話しかけ輪の中に入れます。中には話を聞いているだけがいい子もいるのかも知れませんが、話が分からず入れないのかも知れませんから、とにかく話しかけます。


Q8.小中高で、一番辛かったのはいつでしょうか。

 一番辛かったのは中学です。精神的にもかなりボロボロで疲れきっていました。悪夢を沢山見るようになって寝るのに恐怖を感じる時期でもありました。


Q9.自分をいじめた子たちが、今どうなっているか、知っていたら教えてください。

 綺麗さっぱり忘れてます。たまに見掛けたり買い物先でバイトしてたりしますが、赤の他人の振りをされてる?ような感じです。こんな答えでよろしいでしょうか。


Q10.幼児教育を学んで、優しい子どもを育てられる教師になろう、と決心したきっかけとなることがあったら教えてください。

 私が幼い頃見ていたアニメがきっかけです。世界名作劇場の「ロミオの青い空」と言うイタリアが舞台のアニメです。そこに出てくるアルフレドという少年の姿を見て気付きました。心からの優しさを持ち合わせ、必要とあらば喧嘩や反抗もするけど本当は好きじゃない。相手が自分を敵と見る人に対しても優しく出来る。優しいんだけど、敵にも優しいだけで弱いだろと馬鹿にはされない、そういう姿でした。アルフレドような子ども達が増えたら絶対になくなると感じました。


Q11.人の感謝が心に力を与える、と気づかれたきっかけとなる出来事があったら、教えてください。

 これも上記のアニメのキャラです。アルフレドが人の生き方を教えてくれました。そこで心からの優しさを持って親切にすれば心からの感謝が返ってくる、と考えました。またもう一つありますが、実際のことです。先輩に仲良しがいて、先輩が好きな俳優さんが写ったポスターをあげたんです。ただの雑誌の付録をあげたんですが、飛び上がるほど凄く喜んでいてお礼を言われて、心に先輩の喜びがとてもよく伝わって来たので心からのものだとすぐにわかりました。良かったです。私も先輩と同じくらい嬉しいですよと言ってました。勿論本当の気持ちです。これがきっかけです。その時の気持ちは今も忘れてません。


Q12.「いじめ」について調べていて、いじめと戦おう!のHPを見つけられたと思います。調べていた理由はなんですか。大学の課題とか…。

 課題でも何でもなくて、辛い気持ちを引きずっているときに、日本ではいじめについてどう考えているんだろう、誰も助けようとはしないのかとふと思い調べました。


Q13.克服体験談を書いていて、どういう気持ちになりましたか。

 是非役に立てて欲しいと思いました。人は違って当たり前なのにそれを自分の価値観で否定し、いじめる。いじめに苦しんでいる子の役に立てばという気持ちになりました。それにいじめを本気で無くそうと考える大人がもっと増えればいいと考えてます。いじめは心の成長に悪い影響を及ぼしますから、誰でも自分らしく楽しい人生を生きられるようにそういう人間関係をつくるべきだとも思いました。
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