いじめと戦おう!〜対策と克服法〜
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プロフィール


管理人 玉聞 伸啓(たまき のぶひろ)   HN  さねゆき

生年月日 昭和50年9月4日     血液型 B型

職業 地方公務員(東京都東大和市役所勤務)




ホームページを作ったきっかけ


 昔、職場での人間関係で苦しんでいました。その頃は、「死にたい死にたい」としか思えませんでした。「なんとかして、誰にも迷惑かけずに死ねる方法はないかな」と調べました。しかし、見つかりませんでした。自殺は、どうやっても必ず誰かに迷惑をかけてしまうのです。仕方なく、必死に耐えていました。

 あるとき、友人に何気なく相談してみました。すると「されたことを記録につけてみたらどうだ?」とアドバイスしてもらいました。なるほど、と思った私は夜な夜な、その日されたことをノートにつけ始めました。はっきり言って暗いです。恨み帳を、一人カリカリと書くわけですから。しかし、不思議なことが起こりました。書いていると、フツフツとエネルギーが湧いてくるのです。
 自分のされていることを客観的に見れるようになり、「死にたい・・・」から「なんでここまでされなくちゃならないんだ!」に変わっていきました。ちょうど、ドラマの登場人物の視点から視聴者の視点に変わったような感覚です。「あんまりだ!これはひどい!」と思えるようになりました。

 気力が出てきた私は、まず図書館に行きました。いじめと名のつく本を片端から読みました。「どこかに克服法があるはずだ」と。しかし、見つかりませんでした。でも、こういうことが書いてありました。「いじめっ子は、意外にもクラスの人気者であることが多い」
 確かに、私をいじめている人も人気者と言えば人気者でした。本当だ・・・。でも、なぜだろう。人をいじめるような性格が悪い人は、嫌われなければおかしい。でも、好かれている・・・。どうやっていじめをしながら好かれるんだろう・・・と思ったとき、いじめのメカニズムがパッと頭に浮かびました。「もしかして・・・こういうことなんじゃないか?」。

 それから、こう考えました。「じゃあ、いじめの構図を崩してみよう」と。復讐ではなく、邪魔をしてみようという発想です。私は、ほんの少しだけ行動を変えました。すると、とたんに相手はいじめをできなくなりました。味方も増え、比較にならないほど楽になりました。「そうか・・・。やはり、いじめのしくみとはこういうことなのかもしれない・・・」と考えるようになりました(具体的に何をしたかについては、講演会等でお話させていただきますね。でも、たいしたことではないんですよ)。

 ちょうどそのころ、福岡県の男子中学生の自殺予告事件がありました。その後、文部科学省に自殺予告の手紙が次々に送られるなど、「いじめ」が大きな話題になってました。それを知り、「なんとかして、いじめられっ子にこれを伝えなくては・・・」と思い始めました。最初は、心理カウンセラーになろう、と考えました。
 しかし、心理カウンセラーになるには、何年もかかります。まず大学院を卒業しなければなりません。そうこうしているうちに、救える子も、救えずに自殺してしまうかもしれません。そこで、一日も早く広く伝えようと、HPを作ることにしました(2007年2月開設)。


経歴
1975年9月  東京都葛飾区生まれ。
 1歳のときに茨城県に引越しました。田んぼしかなく、夜になると真っ暗です。虫は、取りに行かなくても、勝手に窓からいろいろ飛び込んできました。今は、農薬のせいかだいぶ減りました。

小学校  2〜3年生のころ、いじめっ子でした。クラスの暗い女の子や、妹をいじめたりしていました。今になって思えば、いじめをしていればまわりの人に大切に扱ってもらえるような気がしたんです。
 3年生のとき、担任の先生のひと言「なんでそんなこと(いじめ)をするの?」がきっかけでやめました。その時質問に答えられず、「そう言われてみればなんでだろう?」と、もやもやしてしなくなりました。
 5、6年生のときはいじめの傍観者でした。参加はしませんでしたが、特に止めようともしませんでした。

中学校  軟式テニス部に所属していて、そこではいじめられっ子でした。自転車のカギをこっそり隠されて、往復6kmを歩いて、家まで予備の鍵を取りに行きました。結局、そのときのいじめは退部して脱出しました。辞めたときの解放感は最高でした。

高校  あえて、同じ中学から進学する子が少なそうな遠い高校に進学しました。クラスの人たちはすっごいいい人たちばかりで、いじめとは無縁でした。進学校なのに勉強そっちのけでダウンタウンに夢中になり、「ガキの使いやあらへんで!」のビデオを、テープがすり切れるんじゃないかというほど観ていました。家族は呆れていました。

大学  同じクラスの数人の仲間とつるむことが多かったです。交友関係は狭かったんですが、なかなか楽しい学生時代でした。仲間とこっそり東大に潜入して東大生のフリをしたり、自虐的に(なかばヤケで)男だけのクリスマスパーティをしたりしていました。

 大学卒業後は、高校の友人とお笑い芸人を目指していました。目指すだけなら誰でもできるのだと、自信をもちました。

現在  東京都の東大和市役所で働いている地方公務員です。障がいのある方の支援をさせていただく部署で勤務しています。東京都立川市在住。

 結婚して、二児の父です。女の子と男の子です。子どもは楽しいですねー。



趣味
 カラオケが大好きです。
 一人でも行きます。同じ曲を10回歌っても文句を言われません(しかし、ほめてくれる人はいます。自分)。


その他

 水泳が苦手です。ずっと15mが限界でしたが、なぜか小5のとき一回だけ25m泳げました。しかし、25m泳げたのはそれっきりでした。小6〜中3の間、小5の自分がライバルでした。「あのとき(小5)の感覚を思い出すんだ…!」と、いつも自分に言い聞かせていましたが、中3ぐらいになるともう、何がなんだかよく分からなくなっていました。
 高校は、たまたまプールがない学校でした。夏が来るたびに、「ここは天国だ…」と思いました。

→36歳にして、25m泳げるようになりました!教えてくださったのは、スポーツクラブで知り合った中山おさひろさん(起業コンサルタント)です。よくめげずに指導してくださったものです。感謝感謝です!

 あと、たまに聞かれるのですがべつに特定の宗教はやってません。クリスマスにケーキを食べて、一週間後にお寺の除夜の鐘を聴いて、翌日神社に初詣に行きます。イスラム教はしてませんが(ラマダンが大変そう・・・)、まんべんなく参加してます。


※ホームページ・掲示板の対策等を活用していただくにあたって

 なるべく、多くのケースをカバーできるよう留意していますが、全ての場合に当てはまるわけではありません。あくまで一つの参考意見として、ご理解ください。効果がなかったとしても、当方は一切責任を持ちません。


講演等について

 いじめがテーマですが、明るく楽しい講演を心がけています。
 詳しくはこちらのページ


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 saneyuki@ijimetotatakaou.com
 
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